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ばかにするな

 Yさんはレンタルビデオ店で働くフリーター。その晩も日付が変わるまで働いた後だった。仕事中に取り置きしておいた新作ビデオが楽しみだった。コンビニで軽い夕食を買い、家までの八分ほどの夜道を歩く。


 角を曲がると二十メートルほど前に一人の男がYさんと同じ方向に歩いていた。ひょこ、ひょこと体を揺らしていた。Yさんの歩くスピードが早いせいか、距離は近づいていった。


 禿げ頭の下には巨大な体躯。いつか夢で見た赤鬼のようだったという。異様なルックスとぶつぶつと繰り出される独り言から、Yさんは気味が悪くなり一気に追い抜こう、そう決めて足に力を入れると、


  「えう?」
 

 男は振り向いた。


  「いま、ばかにした?」


 Yさんも振り向いたが背後には誰もいなかった。男の視線は明らかにこちらを貫いていた。

「ひとをぉ、ばかにするなぁー!」
 

 突然の激昂に狼狽したYさんは後ずさりながら必死に手を振り


  「してません」


 と答えると、


  「ではしょうこをみせてください!」
 

 と迫られた。真っ赤に染まった顔が近い。呼気は放置した炊飯器の匂いがした。男の手の届く範囲であることを理解し、足がすくんだ。そんなのはありませんし、私何も喋ってませんし……とYさんが答えると彼は首を傾げ、骨董品を眺めるようにYさんを観察した。


  「しょうこないの? ばかにしたしょうこ?」


 緊張に耐えられなくなった山郷さんが


  「ないですっ!」


 と叫ぶと男はしょんぼりした様子で言った。


  「そっかぁ、ないのかぁ、それはざんねんんんん」
 

 男が俯いた隙をうかがい、Yさんは逃げようとしたという。身を翻して全力疾走しようとした時、足首を捻った。予期していなかった痛みに、顔をしかめる。腕をついて転びをしなかったものの手のひらを擦りむいた。


  「あぁー。あぶないですようぉ。ほらぁ、おてて」
 

 差し出された手を、握ることに躊躇をした。


  「あ、ばかにするぅ?」
 

 Yさんは擦りむいていない方の手で、男の手を握った。痛みは即座にやってきた。男の力は加減を知らなかった。握られた骨がメキメキと…きしむ。振り払おうと思えないくらいの力強さだった。小指側の骨がゴキっと音をたてて折れた。一瞬の痺れのあと、意識する間もなく絶叫していた。涙が噴水のように自然にあふれ落ちた。


  「しぃいいぃい」
 

 朦朧とする意識の中、男が赤ん坊にするように人差し指を口にあてた。瞳は白濁していた。グローブくらいある両手で顔を覆い、広げた。


  「いないいないばぁ」

 Yさんは意識を失った・・・・


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